喫煙所から見上げた空は滲んで見えた。

今朝も私は小諸そばで「冷やしたぬき」を食べていた。2日目ともなると、食べる姿もなかなか「堂に入った」ものだ(笑)微妙に「オヤジの王道」まっしぐらなような気がしないでもないが・・・(笑)

私の会社での居場所。今迄は事務所と商品が展示されているショールームが殆どで(それが当たり前だが)喫煙所は「あくまで」喫煙する場所だった。しかし、今回に限っては私の居場所は喫煙所のような気がしてならない。今日こそは穏やかに、そして笑顔で過ごしたかった。でも、出来なかった。

夕方、福岡から私達と同じように出張で来ていた社員が帰り支度を始める。本来であれば火曜日にこちらに来る筈だったが、台風のために昨日来て今日戻ると言うとても慌しい出張だったようだ。さて、いよいよ事務所を後にすると言う時、女性社員が言う「お先に失礼します。いろいろお世話になりました。お元気で」と。今迄ならば同じ場面では「じゃあまた11月に」と言う会話が「当たり前」のように交わされていた。でも今回の遣り取りに「次」と言うフレーズはない。おそらくこの先この場所で、そしてこのメンバーがこうして顔を合わせる事は二度とない。精一杯な笑顔が痛いくらいに伝わって来る女性社員。最後迄辛口をたたくオヤジ社員。「今度福岡に遊びに行きますよ」と言いながらも、何とも言えない痛みが私の胸を抉る。唇が微かに震えながらも精一杯の笑顔をつくり、去って行く彼等に頭を下げる私の目頭は既に相当な熱を帯びているようだった。一旦事務所に入り唇をぎゅっと噛み締めてみるものの、どうにも涙が溢れ出て来る。「こんな所で泣いちゃだめだ!」思い切り下を向きながらトイレに駆け込む。トイレの中に誰もいない事を確認し、個室のドアを閉めた途端にドッと涙が溢れる。私は溢れ出す涙をどうしても止める事が出来なかった。その時トイレに誰かか駆け込んで来る。え・・・もしかして泣いている?慌てて手で涙を拭いドアを開けると、先輩社員がいた。彼女も私と同じ理由でここに来たのだった。涙を堪える事が出来なくて。

彼女が泣いた理由も私と同じ。おそらくもう二度と彼等に会う事はないだろうと言う何とも言えない思い。別れ際が余りにもいつもと同じだったから尚更だったのかも知れない。そして、涙の理由は決して「淋しさ」だけではなく「悔しさ」にも近い感情も入り混じっていたからのようにさえ思える。私自身、特に彼等と特別親しかった訳でもない。一年に数回こうして東京で机を共にするだけの間柄だった。昨日そして今日と今回の会社の大きな組織改革に対する話をし、彼等の気持ちを察れば察する程やり切れない思いや何とも言えない思いが込み上げて来て泣けて来る。別れがこんな形でやって来た事も更にやるせない気持ちを誘う。暫し一人になりたいと思い私は喫煙所に向かう。

喫煙所から見上げる夕暮れの空。夜空の色を帯び始めた空が滲んで見える。
こんな所で涙するなんてどうかしているのかも知れない。入社以来、社内では仕事上で悔しくてこっそり涙した事はあっても、悲しくて涙した事なんてなかった。社内で初めて悲しくて流す涙。誰にも出くわさなかった事がせめてもの救いか。

生きている限り、誰もが出会いと別れを繰り返す。出会いは嬉しいが、別れはやはりいつだって、どんな時だって悲しい。別れをいちいち悲しむなんて「陳腐な郷愁感」に陶酔しているだけに過ぎないと思われるかも知れない。でも、私は構わない。陳腐な思考回路しか持ち得ていなくても私はそれでいい。例えそれが陳腐であったとしても、私はこの先もそう言う思いを決して自らの手で捨てる事はしない。別れが悲しく思えないなら、そんなの「私」なんかじゃないからね。