赤土の芸術家

その「お風呂」は世界で一番大きなお風呂としてギネスブックもに登録されているらしい。

「スラ・スラン」は12世紀に王様の沐浴場としてつくられた横700m縦300mの巨大なお風呂だ。お風呂と言うよりはむしろ溜め池と言った方が相応しいのだろう。

一頻り雨の降った後に訪れたスラ・スラン。
バスを降り歩く赤土の道はちょっとした泥濘になっていた。そんな泥濘の片隅で、一人の少年がしゃがみこみ黙々と何かをしている。「オネーサン、コレカッテ。イチドル、ヤスイネ」もう何回耳にしたか判らないくらい、行く先々で耳にする物売る子供たちの台詞が飛び交う中、その少年の周りだけは静寂な空気で包まれている。一体何をしてるんだろ?泥濘の中を静かに少年の方に向かって歩く。少年のちょっと手前で私もしゃがみこむ。気配を感じた少年が顔を上げ私の方を向く。ちょっと微笑むと彼はまた下を向き黙々と何かつくっている。ちょっかいを出しに来た男の子にも無反応。

彼の手は雨によって泥となった赤土を掴み、小さな塊をつくりながらそれらを一つ一つ幾重にも積み重ねている。それらの周りを囲むように溝が掘られ、そこに雨水が溜まり池にようにも見える。はて?コレって何処かで見たような・・・。あ!そうか!アンコール・ワット!!!・・・思わず声に出してしまった私。少年の創作の手を止めてしまった・・・。にもかかわらず少年はそんな私に微笑んでくれた、とびっきりの笑顔で!少年がつくっていたのは紛れもなくアンコール・ワットで水溜りはお堀だったのだ。

世界一大きなお風呂で出会った赤土の芸術家。

彼も他のカンボジアの人々同様、アンコール・ワットを愛し、そして誇りに思っているのだろう。もしかすると彼は将来アンコール・ワットの修復に携わっていたりするのだろうか。彼の見せた笑顔が、この国の将来「そのもの」だったらいいな、と思わずにはいられなかった。