「非日常」の中で感じた「思い切り日常」

休日と言う事もあり、行き交う車がそれ程多くはない大きな通りの横断歩道の前で、私は信号機が青に変わるのを待っていた。馴染みの無い街。バックの中には、通勤時の持ち物に加えること本が二冊。程なくして初めて訪れた街の信号が青に変わる。

自分の部屋ではない場所で本を読もうとフと思い立つ。
良くも悪くも、自分にとっての日常と、それらを取り巻く感情が染み付いてしまっているであろう自分の部屋。静かに目で文字を追おうとしても、それらがフとした瞬間に目と文字の間に音もなく滑り込んで来るような気がしてならない。

静かで、必要最低限以外のものは無い空間。と言う事で思い浮かんだのがホテルの部屋だった。煙草と、飲み物と、ガレットなんかのお菓子と、そして本。今思えば葉巻も持って行けば良かったな(笑)

時折、宿泊客らしき人たちの話し声が聞こえて来る以外は、扉によって日常とは遮断されているであろう静寂な空気を孕んだ空間で、私は煙草を片手に頁を捲る。部屋には、頁を捲る音と、煙草の煙だけが緩やかに広がってゆく。

のは、最初の30分だけだった・・・。
読みながらその情景を思い浮かべたり、自分ならどう思うのだろう?と思い付く度に本を伏せる。次第にその回数が増し、やがては本とは全く関係のない自分の感情”のみ”が脳ミソを覆い尽くした瞬間、本を閉じる・・・。諦めにも似た感情と共に・・・。

疲れていたと感じていた脳ミソは、実は未だ疲れ果てていたワケでもなくて。
本当に疲れていたならば、頁を捲る動作が途切れる事は無かっただろう。非日常であってほしい空間に、フと思えば思い切り日常を持ち込んでいた自分。

何じゃ、コレ・・・。

答えが出ていない状態で歩き出して、歩きながら答えが見えて来る事もあるのかも知れない。その答えによっては更に来た道を歩き続けるのかも知れないし、その場で一旦停止するのかも知れないし、来た道を引き返すのかも知れないし、別の道を歩いて行くのかも知れない。

私自身、もしかすると歩く事を望んでいないのかも知れないし。

初詣の「おみくじ」の事がフと頭に浮かんだ。
「旅に困難あり」
ここで言う旅とは、何も実際の旅の事だけを指しているワケではなくて、人生に於ける旅路の事も指しているのだろうか。むぅぅ・・・意外にと言っては語弊があるかも知れないが、奥深いんだな、「おみくじ」ってヤツは・・・・。

まぁ、明日は明日の風が吹く
そう思うと、たんぽぽの綿毛が羨ましい。風によって運ばれ、運ばれた地で花を咲かせ、そしてまた別の地に運ばれ花を咲かす。

運命には、決して抗えないものもあるのかも知れない。