さとうきび畑に吹く風

その緑色は遠くまで続いていた。その緑色は穏やかに吹く風に揺れていた。そして、その緑色は夏間近の太陽に向かって背伸びしているように見えた。

石垣島でも、西表島でも、竹富島でも、さとうきび畑をよく目にした。長閑な風景。でも、私はその風景をカメラに収める事はなかった。いや、出来なかったと言うのが本当のところだったのかも知れない。

その歌を初めて耳にしたのは、NHKの「みんなのうた」だった。
穏やかで優しい旋律と共に、「ざわわ ざわわ ざわわ」と言う歌詞が私の耳に飛び込んで来た。え!?”ざわわ”って何?

その後に続く歌詞はこうだった。

広いさとうきび畑
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ

”ざわわ”って、さとうきびの木が風に揺れる音だったんだ・・・。

2番の「海のむこうから戦がやってきた」の歌詞に何故か悲しい予感を憶える。3番のサビの部分で私の予感は的中する。

あの日鉄の雨にうたれ
父は死んでいった
夏の陽ざしの中で

嗚呼・・・これは戦争の歌だったのか・・・。きっと、太平洋戦争末期の沖縄での事なんだ・・・。鼻の頭がつーんと痛くなるのが感じられた。

この歌は全部で10番まであるのだが、4番以降の歌詞も亡き父を想う少女(?)の思いにぎゅっと胸が詰まる。10番の最後の歌詞を耳にして、堪えていた涙がわっと溢れた。

ざわわ ざわわ ざわわ
風に涙はかわいても
ざわわ ざわわ ざわわ
この悲しみは消えない

戦争と言う何よりも理不尽なかたちで或る日突然父を失ってしまった少女は、来る日も来る日も父の姿や声を探してさとうきび畑にそっと佇んでいたのだろうか。夏の陽ざしの下で。その光景を思い浮かべると、更に涙が溢れた。

この歌は「さとうきび畑」と言う歌で、もう30年以上も前につくられた歌なんだそうだ。歌詞や旋律もそうだが、森山良子さんの優しく澄んだ歌声が深く静かに、そしてずっしりとした波紋となり心を打つ。

太平洋戦争で、地上戦に巻き込まれる事となってしまった沖縄。沖縄本島八重山諸島では状況が違っていたのかも知れないが、目の前に広がるさとうきび畑を前にして、私の頭からは「さとうきび畑」の歌が離れなかった。

さとうきび畑が広がる長閑で穏やかな風景。でも、此処にはきっと悲しみが静かに眠っている。戦争の悲しみは決して消える事はない。そう思うと、私はカメラの電源を入れる事はしなかった。

さとうきび畑には穏やかな風が吹き、さとうきびの木は、ざわわ ざわわ ざわわ と囁いているように聴こえた。鼻の頭がつーんと痛くなって目の前の景色が緩やかに歪んでいった。