大きな蜘蛛の巣をぼーっと一人で見ていた日。

私が子供だった頃、父が「今日はおばあちゃんに会いに行こう」と言って向かう先が、どう言うワケか父の実家ではない事が子供心に不思議でならなかった。祖母に会うのは、いつだって病院の寒々しい病室で、祖母が私達を出迎えるのは決まってベッドの上だった。

季節が一巡した頃、祖母は大学病院に移っていた。
「よく来たねぇ」と微笑む祖母の顔は、レモン色の絵の具で満遍なく塗り潰したような色をしていた。「何か買っておいで」とお小遣いを手渡す手もレモン色。レモン色の祖母を見て、子供心に思う「何だかわからないんだけど怖い」と。

そうこうしているうち、祖母は大学病院から小さな病院に移っていた。
祖母は黄色い顔をして眠っていた。何だか怖くなって病室を抜け出し、病院の裏庭で大きな蜘蛛の巣をぼーっと一人で見ていた。

それから間もなくしてやって来た北海道神宮祭の日、祖母は小さな病院から家に帰って来た。真っ白い布に包まれて。祖母の目が半分だけ開いていたので「おばあちゃん」と声をかけたのだが、祖母の目はずっと天井を見ているような、でも何処を見ているのか判らないような目で、私の方を見る事は無かった。祖母の目はしばらく半分開いたままだったけれども、不思議と怖いと思う気持ちは無かった。祖母の傍らでは、蝋燭を持った父が声を出さずに泣いていた。

祖母は膵臓ガンだった。
最初に入院した病院では具合が悪い原因が判らず、大学病院に移ってようやく膵臓ガンだと言う事が判ったそうだ。一縷の望みをかけて手術をしたものの、開腹して直ぐにガンが全身に転移している事が判り、結局何もしないでお腹を閉じたそうだ。大学病院ではもう治療は出来ないと言う事で、祖母は小さな病院に移り二ヵ月後には還暦前にもかかわらずこの世を去った。

入院での闘病生活が長かった祖母。小さな病院から無言の帰宅をした時、半分目が開いていたのは、帰りたくても帰る事の出来なかった我が家を、この目で見ておきたいと言う強い思いからだったのだろうか。

父さん、私、おばあちゃんが無言の帰宅をしたあの日、父さんが泣いていた理由、あの日の父さんの気持ち、今は痛いほど解るよ。