その人と縁のある文字

御歳92歳になる母方の祖母の家の仏壇には、戒名の一部が赤字で書かれた位牌が収められている。

赤字で書かれているのは祖母の戒名。戒名は生前に授かる事も出来る。位牌の赤字は、故人ではない事を表している。お墓参りに行った時に、墓碑などが赤字だったりするのも同じ理由。何でも、生前に戒名を授かる場合は、希望すれば自分の好きな字を戒名に入れてもらう事が出来るんだそうだ。

むぅぅ。戒名、ねぇ・・・。
確か、三途の川を渡る時に戒名が必要なんだったっけ?

寺院で働いていた人間がこんな事を言うのも何だが、私は、私がこの世を去った時は葬儀も戒名も必要無いと考えている。

運良く!?この先老人と呼ばれる年齢迄生きたとしても、間違いなく一人身であろう自分。それであれば、何も葬儀をする迄もないよなぁ・・・と。戒名については、死んでしまうと違う名前が付くってのもなぁ・・・死後も生きて来た名前でいいんじゃないの?と思っていたワケです。

んがーしかし。
友人Sの旅立ちを見送って、葬儀、戒名に対する考えがちょっと変わったような気がする。何と言うか、葬儀や戒名と言うのは、故人を送る事は元より、残された人間が死と言う受け入れ難い現実を、それでも受け入れる為にもあるのかな、って。

いや・・・それでも私にとって、友人Mのお父さんの死も友人Sの死も未だ未だ受け入れ難い事ではあるんだけどね・・・。もう、二度と会う事も話す事も出来ないんだ、この世に存在しないんだ、って思うと悲しみはむしろ増殖してる・・・。

友人Sの戒名は、彼が彫刻家であった事を偲ばせる字が入っている戒名だった。
戒名を見て、Sが何かを造る事に縁があった人だと思ったり、Sの作品を思い出したりするのかも知れない。92歳の祖母の戒名は、庭仕事が好きな祖母の希望で「花」の字を入れている。戒名を目にした人は、花と縁がある人なのかな?と思うのかも知れない。

文字で故人を偲ぶ、って言う事もあるのかも知れないね。

で、私は・・・。
運良く長生き出来たとしたら、やっぱり自分の葬儀と戒名は必要ない考えに変わりは無いかな・・・(苦笑)